迷惑をかけ合うのは普通のこと:やよい(東京→デリー→シンガポール)

やよいさんは学生時代からの念願を叶え、2011年に東京からデリーに移住。4年半の会社員生活を送ったあと、結婚を機にシンガポールに移り住みました。「インドでは毎日戦闘態勢だった」と笑いながら、移住経験について話してくれました。

プロフィール

名前:岩見弥生 年齢:33歳

新潟県出身。東京外国語大学ヒンディー語専攻。在学中に旅行でインドを訪れる。卒業後は日本で会社員として勤務したあと、2011年日系企業のインド法人に転職し、インドに移住。2016年、結婚を機にシンガポールに転居し、現在は日本人の夫、2歳と0歳の息子とともに暮らす。

学生時代のインド旅行

—————インドに移住しようと思ったのはいつ?

やよい:大学でヒンディー語を専攻していて、インド留学にも興味があったんだけど、その時は親に反対されてね。女の子1人でインドっていうのが心配だったみたいで。だから社会人になって、自分で責任を持てるようになったら行こうとはずっと思っていたんだ。

学生時代は旅行でインドに行ったよ。旅の前半は買い物中にちょいちょい騙されてたんだよね(笑)。そんな大ごとじゃないんだけど、サリーを買う時にぼったくられるとか。世間知らずの10代の若者だったからね。

それで旅の前半は腹が立ったりしていたけど、後半になるにつれてインドが好きになっていった。観光客目当てじゃない、普通のインドの人と関われたからかな。

ガンジス川にて

踏み込んでくる感じが癖になる

やよい:旅行中に一度、オートリキシャに財布を忘れてしまって。泊まっていたユースホステルで降りて、1時間ほどしてからフロントの人に「オートリキシャのおじさんが呼んでいるよ」と言われて、行ったらおじさんが「財布落としたぞ」って経っていた。

わざわざ届けに来てくれるなんてびっくりしたよ。ほら、前半騙されていたから(笑)、 後半そんな良い人に出会っちゃってさ。

お礼に何かご馳走したいと言っても「いらない」って言われて。でもどうしてもお礼がしたいって言ったら「じゃあ一枚だけ、一緒に撮った写真が欲しい」と言われた。インスタントカメラで写真撮って、後で日本からおじさんの住所に送ったよ。届いたかは分からない。

他にも、道で迷っているといろんな人が集まってきて道を教えてくれることとか。親切って言うか、ちょっとおせっかいっていうか。みんな自分のことみたいに気にしてくれて。そうしているうちにやっぱりインドが好きだなって思って。

—————インドの人の人柄が好きになったんだね。

やよい:うん。街の雰囲気とか建物とかも素敵だと思ったけど、一番面白かったのは、人が日本とは違う関わり方をしてくるところ。踏み込んでくる感じが癖になっちゃったと言うかね。旅行という限られた時間では足りないと思って、腰を据えて住んでみたいと思ったよ。

日系企業のインド法人に転職

—————移住はどうやって実行に移した?

やよい:大学を卒業した後は仕事しながら機会を伺っていた。外国人向けの日本語教育関連の仕事をしていたよ。それで、26歳の時に行こうと決意して、インターネットで仕事を探し始めた。

検索していたら日系の人材紹介会社が出てきて、インド法人もあって。仕事を紹介してもらおうと思って連絡したら「うちで働きませんか」と声を掛けてくれて、結局その会社のインド法人に入社することになった。

—————インドに移住する時、どのような期待や不安があった?

やよい:不安は特になかった。憧れていたインドに住めるワクワクや嬉しさでいっぱいで、ほかに何も考えてなかったかな。旅行で行ったことはあったし、ヒンディー語も勉強していたからなんとかなるだろうって。

生活面も心配してなかったよ。それまでのインド旅行は激安旅行っていうか、すごい安宿に泊まっていてね。窓がないとか、逆に窓が割れていて蚊が入り放題な状況を経験していたから、それ以下はないかなと思って。

計画通りにいかない日々

—————移住した後の生活ってどんな感じだった?

やよい:仕事より何より、家探しや生活のセットアップがすごく大変だった。駐在員の場合、家の手配や生活に必要な最低限のことは会社がやってくれるけど、私は現地採用だったから全部自分でやらないといけなくて。

日本での部屋探しだと、不動産屋さんで自分の希望を伝えれば見合った物件リストが出てきて内見できるでしょう。

でもインドの場合、不動産屋さんで希望を伝えても物件リストは出なくて、とりあえず見られる物件を見に行く感じ。「バイクの後ろに乗れ」って言われて、ヘルメットなしで不動産屋の兄ちゃんの後ろにしがみついていく(笑)。

内見に行っても、アレンジミスで見られないことも普通だし、運良く見られても条件と全然違うとかね。約束の当日に不動産屋さんと連絡が取れなくなるとか、もう日本の常識は通用しない。まったく計画通りにいかなかった。

 
当時の家。仕事から帰ると、パーティー会場と化していることもしばしばで、深夜まで出張DJが爆音で音楽を流していた。誰も近所迷惑と思わないよう

————–最初の家が見つかるまでどのくらいかかった?

やよい:3週間くらいで見つかったんだけど、そこは最初の1か月で出てくことになったの。

—————え!

やよい:インド人の中流家庭だと掃除のためにメイドを雇うことが多いのね。私は抵抗があったから大家さんに「メイドは雇わずに自分で掃除する」って伝えて、「問題ない」って言われていた。

でも、結局大家さんは最初から入居後に説得しようと思っていたみたいで、住み始めてから「メイドを雇わないなら出て行ってくれ」って。話が違うから出て行くことにして、その後はしばらく先輩の家に居候させてもらった。

やっと次の部屋が見つかっても、今度は家具が届かなくて。ベッドの配送予定日には、夜になって業者が「今日は無理」って言ってきて、大理石の上に寝袋で寝た。

家具の配送は自分が頑張ってもどうにもならないし、半分諦めながら取り組まないと何も進まなかった。コントロールできない状況が多すぎて、日本から行ったばかりの日本人としては結構ストレスだったな。

働き方、仕事の進め方の違い


インド人の同僚はいつも食べ物を分けてくれた。サモサとジェレビー

 

—————会社はどうだった?

やよい:インドの人はすごく思いやりがあって親切。従業員は3分の2くらいがインド人だったんだけど、みんな積極的に話しかけてくれて、仲良くなろうとしてくれた。日本にいる時より同僚との距離が近く感じたよ。

あと、納期とか完成度に対する意識の違いは感じたかな。一般的に日本では納期には100%に近いものを目指して成果物を出すと思うのね。でもインドでは60%ぐらいの完成度で納品する印象かな。

日本とインドでは受け取る側の意識も多分違うと思う。インド社会ではおそらく60%ぐらいの完成度から変更を求められたら直して、それで良いんだと思う。

私の勤務していた会社は日本のお客さんがほとんどだから、インドでも日本と同じ納期や完成度を求められる。だから完成度を上げて納品するための調整役のような仕事もしたよ。

迷惑をかけるのも、かけられるのも普通

—————インドに住んだ四年半で、自分がどう変わったと思う?

やよい:小さいことだと密着して並ぶ癖ができちゃった。日本でコンビニの列に並んでいた時、前の人との距離が異様に近かったらしいんだよね。前の人が不審な顔で振り返ってきてびっくりした(笑)。

インドだと割り込みされちゃうからさ、開けるのは2、3センチ位じゃないと。インドに染まってしまったと思ったね。

あとは、前よりも人を頼れるようになったかな。日本では人に迷惑をかけないように自分で解決しないといけないと思っていたし、そう育てられたと思う。でもインドでは迷惑をかけるのも、かけられるのも普通。

聞いた話だけど、日本では「人に迷惑をかけてはいけないよ」と育てられて、インドでは「生きている以上は人に迷惑をかけるんだから、人から迷惑をかけられた時に受け入れてあげなきゃいけないよ」と育てられるんだって。

—————なんだか素敵だね。

やよい:うん。許し許される感じと言うか。ちょっとやそっとの迷惑じゃ謝らないけど、逆に私が迷惑をかけても全然怒らない。人に頼ってもいいんだって思えるようになった。ちょっと気楽に生きられるかもね。


インド・ウダイプルの湖に浮かぶ宮殿ホテル

—————インドでの4年半で、家探し以外で大変だったことは?

やよい:大変だったことは、ほかにあまりないな。仕事は新しく覚えることばかりで楽ではなかったけれど、日本ではできないような仕事も任せてもらえて、すごくやり甲斐があったし。

生活面でも、私にとってインドは住みやすかったよ。日本では「インドは治安が悪い」ってよく聞くけど、危険な目にも合ったことはなかったし。

私が思うのは、他の国と同じで夜遅くに暗い道を一人で歩くとか、知らない人について行ったらもちろん危ない。でも「インドだから」じゃないと思う。

インドでの出会いと結婚

—————結婚を機にシンガポールに移住したんだよね。

やよい:うん、夫の仕事の都合でね。2016年に結婚して、夫婦揃ってシンガポールで暮らし始めたよ。

—————彼との出会いは?

やよい:インドの日本人コミュニティで知り合ったよ。彼は会社に言われて駐在員として来ていたんだけど、インドを楽しんでいてね。日本人とかインド人とか関係なく友達がいて、そこが良かったんだ。

駐在員の人はインドと距離を置く人も少なくないから。彼と私はインドに対する距離感が同じだったのかなって思う。一緒にいて面白かった。

 インド式にお寺でも結婚の儀式を行った

—————インドの日本人コミュニティはどんな感じ?


日本人会忘年会で出し物をしたり、日本人コミュニティにも積極的に参加していた

やよい:日本人会っていうのがあって、夏祭り、忘年会とか季節の行事もあるし、同じ生まれ年の会とか、テニス、サッカーとか部活もいろいろある。

他の国に比べてインドは日本人の数が少ないから「助け合って生きていこう」みたいな感じで結束力が強い。コミュニティが狭くて、日本人同士だいたい顔は分かると思う。

私みたいにインドが好きで自分から来た人ばかりじゃなくて「あと何年」って思いながら過ごしている人も大勢いる。日本人コミュニティで楽しみを作って、ストレスを発散したい思いは強いのかもしれないね。

—————インドに住んでいて一番良かった事って何?

やよい:一番良かったのは後悔がないこと。行かないでいたら多分「もしインドに行っていたら」ってずっと考えていたと思う。でもやりたいことをやるだけやって今に繋がっているから、人生にまったく後悔がない。それはすごく良かったこと。

シンガポールでの人々の優しさ

—————シンガポールの生活はデリーと比べてどう?

やよい:東京とあんまり変わらない感覚かな。インドにいた時は毎日戦闘態勢だった。良いことも悪いこともジェットコースターのようにあったから。でもシンガポールでは物事が予定通り進むし、日常の中で驚くような事はそんなに起こらない。穏やかに暮らしているよ。

—————シンガポールではコミュニケーションの違いを感じたりする?

やよい:シンガポールの人は優しいし助けを求めれば助けてくれるけど、インドほどは干渉してこない。インドだと道で困っていたら人だかりができるけど、こっちではそこまで踏み込んではこないかな。

シンガポールの人はみんなすごく優しい。妊婦生活を送っていた時、大きいお腹で電車に乗るとその瞬間にみんな「ここに座りなよ」って一斉に声かけてくれる。「一駅だから大丈夫」って言っても「いいからいいから」って。

私は最初それが申し訳なく感じて、電車ではこっそり椅子がない方に立ったりしていた(笑)。途中からはありがたく座らせてもらっていたけどね。

あと、買い物袋を持っていると「持ってあげる、どこまで行くの」って声かけてくれたり、雨が降っている時は「一緒に入れてってあげるわよ」って傘に入れてくれたりとか。

日本で知らない人にそんなに親切にされたら、逆に少しびっくりするけれど、シンガポールではみんな自然にそう接してくれる。

想像がつかない場所に住みたい

—————また移住したいと思う?

やよい:うん、したいしたい。夫の仕事の都合もあるけど、体が動く間はいろんな国を見たいな。私、あまり不平不満を感じずにその環境を楽しめるラッキーな性格だから、どこに行っても滅入ったりせず楽しめるかなって。

—————例えばどこの国とかある?

やよい:どこでもいいけど、想像がつかない国が良いな。アメリカとかカナダとかは情報が多いし、ある程度どんな生活か想像はできる。でも中東とかアフリカとか「住んでみたらどうかな」と考えると好奇心をそそられるね。

—————最後に加えたいことがあれば、ぜひ教えて。

やよい:うーん、「インドは良い国だよ」っていうことかな(笑)。インドで働きたい、住みたいと思っている人はぜひ行ってみてほしいよ。

だって、インドはネガティブなイメージが先行しすぎで、日本で報道されるインドも、ごちゃごちゃしていて危ないみたいな内容が多いでしょう。

そこを映した方が面白いからかもしれないけど、都市部では日本よりずっと最先端な建物もあるし、優しい人も多いし、思っているより全然住みやすい。

もっとポジティブな面をみんなに知ってほしいなって思うよ。不便なこともあるかもしれないけれど、一生忘れられない経験をさせてくれる国だと思うから。

息子の誕生日に家族写真。シンガポールにて