故郷を離れてほっとした:アンディ(カリフォルニア→沖縄米軍基地→基地外→東京)

アメリカと日本にルーツを持つアンディは、米軍基地の内と外で2つの文化を行き来しながら幼少期を過ごしました。東京に住む今は沖縄での生活を懐かしく思う一方で、異なる文化のなかで育つ葛藤を鮮やかに教えてくれました。

プロフィール

名前:アンドリュース・グラント・新也 年齢:21歳

沖縄生まれ。生まれてすぐに家族で米国・カリフォルニアに移住し、4歳の時再び家族で沖縄に移住。嘉手納基地内に住む。11歳の時に基地の外(沖縄市)に転居。高校卒業後は単身上京し、現在は文化服装学院に通いながらモデルとして活動する。


アメリカから日本の学校に通うみたい

—————自分の性格のベースとして、アメリカと日本のどちらが強いと感じる?

アンディ:感情表現は完全にアメリカがベースにある。でも何かを感じ取る時はすごい日本人ぽい感じ。アメリカで4歳まで過ごして、価値観はアメリカに染まっていたと思う。保育園から日本だったから、接し方は日本人を見て勉強したのかなって。

—————基地内にいると、「アメリカにいる」と感じた?

アンディ:それがまたすごく不思議な感じで。

みんなアメリカ人だけど、基地のなかには娯楽がなくて、夏には近所の日本の夏祭りに行ったり、あのゲームが発売だから基地の外のおもちゃ屋に行こうとか。

コミュニケーションは全部アメリカだけど、娯楽は日本人と一緒みたいな感じです。

僕は基地のなかに住みながら、基地の外の保育園に通っていました。飛行機がないだけで、アメリカから日本の学校に通ってるみたいな感じだった

—————なぜ基地の外の保育園に通うことになったの?

アンディ:アメリカから引っ越す時、親が僕に「基地のなかの学校がいいか、日本の学校がいいか」と聞いたらしくて、それで僕が日本の学校を選んだみたいなんです。全く記憶にないですけど(笑)。

父親が米軍勤めの場合、子どもはほとんど基地内の学校に行くことが多いです。

—————小さい時に、文化の違いってどう感じていた?

アンディ混乱でしかなかった。「違う」ということはすごく感じてた。嫌だったとか以前に、宇宙人にさらわれたような気持ち。家にいるのにホームシックみたいな。自分の帰る場所がわからなくて。

—————小学校も基地の外だったんだよね。

アンディ:そうです。でも本当は基地のなかの学校に行きたかった。だから日本の学校の勉強をずっと拒絶していた。

いつアメリカに帰るんだろう

—————どう拒絶していた?

アンディ:国語とか社会とか、日本に関する科目を拒絶してて。道徳は内容によって。

人間一般の道徳的なことには興味があったけど「日本の道徳」みたいな話になると、1人の世界に入ってずっと本を読んでいました。「日本についての何か」を拒絶していた。 

基地に住んでいて「周りはすべて英語なのに、なぜ日本語を勉強しないといけないの」「今の自分には必要ない」という気持ちで。

米軍基地では5年未満で違う基地に移ったりアメリカに帰ったりする人が多いから「僕はいつアメリカに帰るんだろう」と思って過ごしていたし。僕が4歳から21歳になるまで父親の契約が同じ場所で更新されて、それはすごく珍しいケースでした。

—————基地のなかの学校に切り替えられるタイミングはありそうだよね。

アンディ:最初の3年はいつも親に泣きついていたから、僕の気持ちは伝わってたはず。基地のなかの学校に変えるタイミングはいくらでもあったと思う。

変えなかったのは、お母さんが真っ直ぐな人で「一度決めたことはやりきれ」みたいな人だったから。

大切なことを教えようとしていたのはわかるけど、今考えたら4歳とか小学生にそれを突きつけるのはちょっと酷だと思う。中学校くらいになってからにして欲しかった。

—————勉強はいつまで拒否していたの?

アンディ:小4の頃。真面目で正面からぶつかってくる先生がいて。ドッジボールで先生が混ざる時でも本気で投げてくる感じ。あの先生はすごく好きだった。

その先生に「なんで勉強やらないの」って聞かれて、泣いて話した時があって。その時にやってみようと思って、日本語の本を読むようになったし、勉強もちょっとずつ始めました。

英語は話せてもABCはわからない

—————基地の外に引っ越したのはいつ?

アンディ:小6の初め頃です。父親の軍の仕事は続いていたんですが、基地のなかに住む契約を更新できなくなって基地外に引っ越しました。同時に転校もして、友達もゼロから作り直して、みたいな。

—————家の外では、ほぼ日本語だけになるよね。そこはどうだった?

アンディ:日本語は問題なかったけど、中1から学校で英語の勉強が始まることに気づいたせいか、引っ越してから急にお母さんに英語の勉強させられるようになった。環境は全部日本語になったのに。

それまで英語の勉強はしたことなくて、正直ABCの文字の発音も分かんなかった。話す時は英語の方が楽だったし感情を表現しやすかったけど、読み書きは全然。読み書きは日本語の方ができた。

—————話せる言語を学ぶってどんな感覚?

アンディ:変にわかりすぎて理解できなかった。

日本語を先に勉強してて、ひらがなだと「あ」って書いたら「あ」って発音するじゃないですか。でも英語だと「A」って書いてあっても読みは「ア」だったり「エイ」だったりして、そこがよくわからなかった。

父親に英語を教えてもらっていて、例えば「C っていつ使うの」て質問すると「キャットのCじゃん」って言われるんだけど、僕としては「『キャット』のどこにも『シー』っていう音ないんですけど」っていう感じで(笑)。

教えてくれてる父親が、「あいうえお」の文字の発音が常に一緒っていうことが分からなかったから、僕がわからないポイントが理解できなかったと思うし。お互いの「当たり前」のぶつかり合い。

上京する時はほっとした

—————高校はどんなところだった?

アンディ:デザインの勉強がしたくて、コンピューターデザイン科がある高校に行きました。変わった人たちが集まるところで、生徒のほとんどがアニメオタクとかBL好きの腐女子だったりとか。みんな変わってるから、逆に僕はすごく受け入れられてた環境でした。 

—————高校を卒業して上京したんだよね。他にも候補地はあった?

アンディ:ファッションかデザインの学校に行きたいって考えてて。親が出した条件は親戚がいる地域。ちょっと過保護だから。最初はアメリカに行きたかったけど、条件に合うところがなくて。東京には祖母がいたから、そしたら東京かなって。

—————上京する時はどういう気持ちだった?

アンディ:新しい環境に行けることで、ちょっとほっとしてた。今までのすべてからリフレッシュできるって言うか。

沖縄の米軍基地っていう自分のなかで触れたくないものから離れられるし、親ともぶつかっていたけど、そこからも離れられる。それにファッション、アートの最先端の街として東京に行けるって言うのも嬉しかった。 

—————沖縄について恋しいことある? 

アンディ:結構あります。まず、あの広い空の気持ち良さと、ゆっくり話して本当にチルしてる感じで人と関われるあの感じが恋しい。

あとは、なんだかんだ言ってもちゃんぷるー文化があって、日本だけどどうしてもなんだか違う文化。沖縄独特な感覚で。琉球王国時代の中国文化や基地のアメリカ文化を吸収している感じがあって、人と接しやすい。 

家族がぶつかったこともあったけど

—————お姉さんが2人いるんだよね。当時の移住について話すことはある?

アンディ今まであえて触れてこなかったと思う。その話題に触れたら、みんな感情的になっていろんなこと言い出しちゃうから、あえて触れないようにしてい

アメリカから引っ越してきた時、一番上の姉はもう小4で、基地のなかの学校にずっと通ってました。だから日本語は話せることは話せるけど、漢字は苦手だったりする。二番目の姉は僕より2歳上。日本の学校でもすんなり行っていた印象があります。苦労したとは思いますけど。 

 

—————幼稚園から小学校が一番大変で、そこから切り開いていった感じするよね。 

アンディ:親に言わせると反抗期じゃない時期がなかったって。

僕は日本にいる自分も嫌だったし、日本に合わせないといけない自分も嫌だった。アメリカの環境で育てられたかったし、その気持ちを知ってるのに何もしなかった親が嫌だった。自分の周りの環境が全て嫌で反抗してた。

今は反抗期は終わったと思う。けど面影は残ってる。別に親を責めたりはしたくないけど、そういう話題になるとどうしても矛先が親に向いて当たりが強くなっちゃう。

こういう気持ちは少し前に感情的になって話したことがあるから親もわかってるけど、センシティブな話題だからそんなに積極的に話さない。

 今は、結構幸せな家族かなと思う。昔は環境が複雑だったからぶつかったこともあったけど。みんなそれぞれで葛藤して自分自身で溜め込んで関わってこなかった部分があるから自分の中では今後それを良くしていくのが課題って言うか。これからもっと家族で仲良くなれたらなと思います。

—————また移住したいと思う?

アンディ:自分のルーツを探すではないけど、アメリカに住んでみたい。自分の中のアメリカがどれだけアメリカなのかを確認するために。

でもアメリカじゃなくても、イギリスでも、オーストラリアでも英語圏で自分をどれだけ生かせるかっていうのも知りたい。

老後まで日本で生活してる自分がイメージできなくて。まず2、3年でもいいし、ただ一回日本を出ないといけないっていうのは思います。

アンディポートフォリオ(モデル事務所AVOCADOサイトに移動します):http://www.avocado.co.jp/models/male/andy